本文抜粋

1: 蚤の市 ★ 2026/06/02(火) 08:45:26.42 ID:ID:n3CA53YE9


本能寺の変があった1582(天正10)年6月2日、備中高松城(岡山市)を包囲する羽柴(豊臣)秀吉と対陣していた毛利氏一門の武将が残した書状の原本が見つかった。

調査した東京大史料編纂所の村井祐樹准教授によると、秀吉の水攻めで有名な戦いを、敵対した側の視点でリアルタイムに記した1次史料の確認は初めてで貴重という。

書状は毛利元就の次男・吉川元春から重臣の今田経高宛てで、今田家の子孫が2023年度に岩国市立博物館「岩国徴古館」に寄贈した史料約300点の中から発見された。元春は弟の小早川隆景と共に毛利家を支え、当時は備中高松城の救援に駆けつけていた。書状では、秀吉軍が川の水を流して下手をせき止め、包囲して責め立てているとし、「この期に及んでは『安否の一戦』を行うほかはない」と切迫した戦況を伝えている。

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出典元: https://mainichi.jp/articles/20260601/k00/00m/040/256000c